「かんぽの宿青梅」で朝を迎える。 久しぶりのかんぽの宿である。
部屋の窓から西を望むと、昨日と替わって青空が広がる上天気である。
10時に青梅駅行きのバスが出るが、上天気に釣られて駅まで歩くことにする。
リーズナブルな料金に満足する。 最初に宿の東側の河原に向かう。 目の下に、重要文化財の旧宮崎家住宅が見えて来た。
宮崎家住宅は、もと北小曽木村夕倉という山村にあったものを、青梅市釜の淵公園内に移築復元したものである。
10時の参観時間前であったが、係りの人が丁寧に対応してくれる。 囲炉裏がある広間に間仕切りが無いのが、この土地の特徴とのこと。
ごく平均的な一般農民が住んでいた民家で、建築様式から見て19世紀初頭のものと推定される。
雨戸の戸袋が無く、入口の直ぐ左に風呂場がある。 庭にたたわに実った、小粒の柿は原種に近いものだとのことである。
宮崎家住宅の前から、昨日渡った鮎美橋が見える。 宿の北側に広がる釜の淵公園は、東から鮎美橋、西から柳淵橋を渡って入園できる。
鮎美橋は1983年に竣工した長さ121mの歩行者専用橋である。 多摩川右岸のやや下流に、青梅市郷土博物館がある。
郷土博物館を更に下流に進むと行き詰まりになっているので引き返す。
釜の淵公園は多摩川の半島型に湾曲した河原を利用して造られた自然公園である。
多摩川はかんぽの宿青梅を基部として、ヘアピン型に流れている。 鮎美橋の中央まで行って、多摩川を眺める。
再び、多摩川右岸に戻り、遊歩道を上流に向かって歩く。 この辺りは秋の紅葉に加え、春の桜も見応えがあると云う。
鮎美橋
地図の中央の矢印が鮎美橋です <東京都青梅市千ヶ瀬町6丁目にて>
釜の淵公園の東岸の紅葉を、下記の「釜の淵公園の紅葉」の
ボタンをクリックして35枚のスライド写真でご覧ください。
釜の淵公園の多摩川右岸を上流へと北に歩く。 多摩川の左岸の丘の上に、ライオンズガーデン青梅が見えて来た。
左側には、スプリングパレス青梅も見える。 釜の淵公園の黄葉の中を歩く。
釜の淵公園の園地には、青梅を地盤とする政治家・実業家の榎戸米吉の像がある。
多摩川がΩ型のヘアピンになっている公園の突端部に来る。 崖の上に家屋が見える。
釜の淵とは対岸の崖下で大きく流れを変えている、丸い深い淵を云う。 遊歩道の右手、多摩川の右岸に「海から61km」の標柱がある。
北側に突き出ている右岸を西側へと廻る。 多摩川左岸の岸壁の北側に、青梅の市街地が広がっている。
前方に、全長103.4mの柳淵橋が見えて来た。 柳淵橋は1972年の竣工された、鉄骨の長い吊橋である。
柳淵橋から多摩川の下流を北に望むと、レンガ色のライオンズマンション青梅が見える。
対岸の左岸には、マンションが多く見られる。 黄色いマンションがマイキャッスル青梅である。
柳淵橋の上からかんぽの宿青梅を望むと、多摩川がΩ状に縊れているのが良くわかる。
将来三日月湖になるかも。 柳淵橋を渡って、左岸にある釜の淵公園駐車場に向かう。
多摩川の左岸から、釜の淵公園には、柳淵橋と鮎美橋の二本の歩道専用橋が架かっている。
橋の西詰に、琵琶湖産稚鮎を最初に放流したことを示す「若鮎の像」がある。
琵琶湖産の鮎の放流は、1913年に石川千代松博士が大柳河原で実施した。
釜の淵公園駐車場から、国道411号に出る。 かんぽの宿青梅を右に見ながら北東に歩くと、青梅市民会館南交差点に出る。
青梅街道は、青梅市民会館南交差点で東から北に右折し、青梅市民会館前交差点に至る。
青梅駅前交差点で左折して北に向かうと、突当たりに、青梅駅がある。 駅前広場に到着、広場を右回りして、青梅駅に向かう。
前の色白い建物の青梅駅から東京アドベンチャーラインに乗り、御岳駅へ向かう。
柳淵橋
地図の中央の矢印が柳淵橋です <東京都青梅市大柳町にて>
釜の淵公園の西岸の黄葉を、下記の「釜の淵公園の黄葉」の
ボタンをクリックして37枚のスライド写真でご覧ください。
昨日と同様に、御岳駅で下車し、御岳駅前交差点に出て、御岳渓谷へ向かう。
昨日は、御岳橋の右岸から上流に向かい、途中でUターンして左岸で帰った。
御岳橋付近では、曇天に覆われ紅葉を十分堪能できなかったので、再び左岸上流に向かう。
日の光に輝く深紅の紅葉は、昨日と打って変わって美しい。 渓谷沿いの遊歩道では、多くのハイカーの姿が見える。
渓流では、多くの若者が舟遊びを楽しんでいる。 ダブルブレードパドルで漕いでいるのを見ると、カヤックのようだ。
御岳渓谷で、紅葉が疎らになる地点で下流にUターンする。 今日の予定は、御岳駅から左岸の遊歩道を下流に歩く計画だった。
紅葉に包まれた御岳橋の下を潜る。 御岳橋の下から、多摩川を上流に望む。 脇に、海から71kmの柱標が見える。
多摩川が激流となって流れている右手に、玉堂美術館がある。 御岳橋から下流に歩くハイカーも多い。
紅葉の向こうに、御岳小橋が見えだした。 御岳小橋の周りは、御岳渓谷の代表的な紅葉の名所の一つである。
北側の石段を登ると、国道411号線の青海街道に至る。 御岳小橋から、橋の上流に広がる紅葉の林を眺める。
ここにもカヤックが見える。 御岳小橋を出発して、下流を目指す。
御岳橋
地図の中央の矢印が御岳橋です <東京都青梅市御岳本町にて>
御岳橋周辺の紅葉を、下記の「御岳橋周辺の紅葉」の
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今離れた御岳小橋が逆光の光の中に見える。 御岳小橋の左岸下流にも、紅葉が点在している。
紅葉の下の左岸の遊歩道を歩く。 右手に、松ぼっくりの人形が飾られていた。
対岸に、御岳ボルダーとして知られている忍者岩らしい岩が見える。 遥か下流に家並みが見えて来た、沢井の集落だろう。
沢井は青梅街道の紅葉の名所の一つになっている。 御岳駅の下流にある、次の駅は沢井駅である。
前方に、多摩川に架かる鵜の瀬橋が見えて来た。 左手、丘の上に、杉の子ガーデンがある。
紅葉した木々の向こうから、鵜の瀬橋が近づいてきた。 左手に、「ゆずの里玄関登り口」の案内板が目に付く。
丘に登ると、歌詞と音符が描かれた二枚の「お山の杉の子記念碑」がある。
「お山の杉の子」は吉田テフ子作詞、佐々木すぐる作曲で安西愛子の書が刻まれている。
作曲家の佐々木すぐる氏は戦時中に、この辺りに疎開していた。
更に紅葉の下を下流に歩くと、「鵜の瀬橋あずまや」がある。 紅葉に囲まれた「鵜の瀬あずまや」は、紅葉の名所になっている。
鵜の瀬橋あずまやの下流には、鵜の瀬橋が見える。 鵜の瀬橋あずまやで一服して、周りの紅葉を楽しむ。
鵜の瀬橋東屋から鵜の瀬橋を目指して下流に歩く。 鵜の瀬橋は多摩川に架かる歩行者専用の鵜の長さ72mの桁橋である橋である。
鵜の瀬橋は1987年に建設された。 海からの距離は70.9kmである。 橋の橋幅は1.m、水面からの高さは10mである。
鵜の瀬橋の床材は木材が使用されている。 鵜の瀬橋周辺の紅葉を十分に堪能す。
鵜の瀬橋周辺の見頃の紅葉が見れただけで来た甲斐があったと思う。
鵜の瀬橋
地図の中央の矢印が鵜の瀬橋です <東京都青梅市沢井3丁目にて>
鵜の瀬あずまや周辺の紅葉を、下記の「鵜の瀬あずまや周辺の紅葉」の
ボタンをクリックして41枚のスライド写真でご覧ください。
鵜の瀬橋の茶色は、2004年に塗り替えられた。
鵜の瀬橋からの多摩川の景色を楽しんだ後、橋から降りて、多摩川左岸の遊歩道を下流に歩く。
遊歩道の左の丘の上には、青梅街道が並走している。
遊歩道からは、紅葉や楓の他にも、ドウダンツツジなども見られる。
雲ひとつない青空と、見頃の紅葉に感動しながら歩く。 上流に振り返ると、鵜の瀬橋は彼方後方になった。
海から70kmを示す柱標の前を通過する。 紅葉が一段と多くなって来た。 左手に澤乃井園がある。
当初の計画では、軍畑駅まで歩く予定であったが、今回は沢井駅までとする。 澤乃井園は多摩川のほとりに広がる庭園である。
清流ガーデン澤乃井園には、豆腐やゆばを提供するままごと屋やガーデンギャラリーがある。
園内に入ると、右手にガーデンギャラリー、左てに豆腐やゆばを提供する売店がある。
紅葉の下に設けられたテーブルでは、人々が軽食を楽しんでいる。 私たちも、売店でゆばなどの軽食を求め、御仲間に入れて貰う。
紅葉の向こうに楓橋が見える。 楓橋から北に向かって歩くと、青梅街道に出て、その先に沢井駅がある。
澤乃井園は清酒製造業の小澤酒造株式会社がやっている。 澤乃井園の名物はまんじゅう工房で作る手作り饅頭である。
澤乃井園でゆったりとした時を過ごした後で、楓橋に向かう。 楓橋の上から澤乃井園を望む。
楓橋を右岸へと渡ると、右手の丘の上に、寒山寺がある。
寒山寺は高校一年生の時に学んだ張継の「楓橋夜泊」や森鴎外の「寒山拾得」でその名を知られている。
居合わせた台湾から来た女性が、石碑の漢詩を中国語で読みあげて呉れた。 寒山寺から楓に囲まれた、楓橋を見下ろす。
楓で彩られるこの地が、「江楓漁火対愁眠」の一節に相応しいと云うことだろう。
楓橋から沢井駅を目指すも、駅は予想以上の高所にあり、途中の坂道で疲労困憊する。
駅に近づく電車と競争し、やっと追い着いて御岳渓谷の旅を終える。
楓橋
地図の中央の矢印が楓橋です <東京都青梅市沢井2丁目にて>
澤乃井園周辺の紅葉を、下記の「澤乃井園周辺の紅葉」の
ボタンをクリックして48枚のスライド写真でご覧ください。