御浜岬と大瀬崎     2018年3月13日


     伊豆半島の西海岸にある旅人岬から小土肥の浜辺を望む

 
 土肥温泉「湯の花亭」にて朝を迎える。  部屋の窓から外を眺めると、左手の海岸に「土肥港フェリーターミナル」がある  土肥港の堤防の向こうに駿河湾が広がる。 右手には、旅人岬が突き出ている。  今日のドライブコースは旅人岬を目指す積もりだ。 お目当ては土肥温泉から大瀬岬までの伊豆半島西海岸である。  今日のドライブで、伊豆半島の海岸を全コース走破して一周したことになる。  朝食も盛り沢山で、長手エビなど海の幸が並ぶ。 「湯の花亭」はたたみの宿として、日本で一番たたみに拘った旅館と云える。  昔、大名のお城では、お風呂やお手洗いにも畳みが敷かれていたと云う。
 湯の花亭も、部屋や廊下の他、お手洗い、野天風呂、浴槽まで畳みが敷かれている。  全館の総畳数は4322畳で、お殿様、お姫様気分を満喫させる。  鮮やかに描かれた畳みの絵画の上をトランクを転がすのは躊躇いを感じる。  温泉は源泉引湯かけ流しと云うものの、加水加温が施され、都心に近い一般的な温泉である。  最近は日本旅館を敬遠して、ホテルでの宿泊が多いが、久しぶりに旅情を感じた。  国道136号線に面した宿の裏手には砂浜が広がっていて、部屋から浜にも出れる。
 土肥温泉たたみの宿「湯の花亭」を出発して、国道136号から左手の県道17号線へ。  県道17号沼津土肥線を北に走ると、左手に旅人岬の駐車場がある。 旅人岬は、笹倉明の小説「人びとの岬」の舞台である。  笹倉明は1989年受賞の直木賞作家である。  「人びとの岬」は1996〜97年に静岡新聞の連載され、この岬を旅人岬と命名、小説も同名に改題された。  旅人岬から駿河湾を望む。 小説「旅人岬」の最終章で、主人公が故郷の夕陽を称える一節がある。  小説で主人公は「これまで夕陽は幾度となく見てきたけれど、いまほどそれを美しいと感じたことはない、 見馴れたはずの故郷のそれが全身を染めて圧倒するまで、力づよい、優しい情感に満ちてあるとは知らなかった」と云っている。  旅人岬には、ブロンズ像の「家族」が立っている。
 北側には、小土肥の浜辺と黒根の集落が見える。 南を望む、先程、出発した土肥港が見える。  海岸に並ぶホテルの建物の中で、中央の茶色のビルがたたみの宿「湯の花亭」だろう。  旅人岬の北側に広がる小土肥温泉の海岸を見ながら、岬の北側の磯に下りる。  岬の北の磯から、小土肥港や旅人岬の先端を望む。 旅人岬から沼津土肥線を北上し、船山の集落から坂を登る。  県道の坂を登りきった所の左手に駐車場があり、東屋が建っている。  展望台は「碧の丘」と名付けられていて、大崎展望地の表示板か立っていた。  南側は急峻が海岸が続き、左手の丘に、先程通過した戸田衛生センターの煙突が見える。

     旅人岬 地図の中央の矢印が旅人岬です      <静岡県伊豆市土肥にて>
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     御浜岬に立つ戸田灯台の背後に富士山を見る

 北を望むと、御浜岬の向こうに、今日最初に眺める富士山が見える。  碧の丘から御浜岬公園の駐車場へ、西海岸の堤防「潮風のベンチ」が北に延びる  潮風のベンチである堤防の上に立つ。 左に富士、右に戸田灯台が見える。  前回、御浜岬を訪れたのは、約45年前の妹の結婚式の帰りだった。  戸田灯台は1952年に点灯された、高さ11.6mの灯台である。  灯質は等明暗白色で3秒毎に明暗が切り替わる。  灯高は17.43m、光達距離21km、光力は3500カンデラである。
 丸い石が積み重なっている海岸に下りる。 海に浮かぶ富士山の前を小舟が通り過ぎて行く。  御浜岬の先端を右回りに回ると、赤い鳥居がある。   諸口神社の鳥居で、創建は不詳、延喜式神名帳に記載あり、祭神は橘姫命である。  諸口神社の社殿は、1953年に改築されている。 赤い鳥居の向こうに、沢海の集落が見える。  沢海の集落の左上に、グリンバー沼津の建物らしきものが見える。 沢海の右側には、戸田村の中心街が広がる。  御浜岬で囲まれた湾内は戸田港になっていて、大型船も見られる。 御浜岬の東海岸は御浜海水浴場になっている。  岬を一回りして、戸田灯台の前に出る。 45年前に母が持ち帰ったと同じ赤い丸石を持ちかえる。
 戸田湾を左回りに走り、沢海集落から一気に坂を登ると「夕映えの丘」がある。  夕映えの丘からは、海の中に伸びるハブの様な御浜岬が見える。  御浜岬の左側先端に、諸口神社の赤い鳥居、その後に御浜海水浴場の砂浜が見える。  戸田港には大小様々な船が停泊している。  夕映えの丘から更に北に進むと、出逢い岬がある。 出逢い岬に立つモニュメントの間からは、富士山が見える。  出逢い岬の北側には、富士山を眺める展望台がある。 御浜岬の東には戸田港が広がり、東岸に戸田の街並みが見える。  出逢い岬の展望台から富士山を眺める。
 出逢い岬から更に、県道17号線を北に進むと「煌めきの丘」がある。 煌めきの丘の北側にも富士を眺める展望台がある。  井田トンネルがある中腹の辺りの西に、標高216mの小山があり、その横に富士が聳える。  展望台の北側には、井田の集落の街並みが見える。 井田の集落は海岸まで山が迫り、南側に僅かな田圃がある。  煌めきの丘の西側には、井田松江古墳群が広がっている。 海岸にある明神池は淡水池で、砂嘴が延びたため、入江が池になった。

     戸田灯台 地図の中央の矢印が戸田灯台です      <静岡県沼津市戸田町にて>
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     駿河湾に延びる大瀬崎越しに富士山を望む

 
 煌めきの丘から井田の集落を通り過ぎ、大瀬海水浴場の駐車場へ。  大瀬海水浴場のホテル群を後にして、浜辺を岬に向かう。 大瀬崎の背後に富士山が見えて来た。  大瀬崎の先端には、駿河湾越しに、沼津の町並みが広がる。  海岸から堤防が東に突き出ていて、右手に、伊豆半島の唯一の北岸が続く。  大瀬崎には国指定天然記念物のビャクシン樹林がある。  ビャクシン樹林は130本が自生し、日本の最北端に位置している。  周囲7m、樹齢1500年以上の、大瀬神社の御神木もある。  ビャクシン樹遊歩道には、1932年に、与謝野鉄幹が大瀬崎のビャクシン樹林を訪れた時の碑文がある。
 大瀬崎の海岸を右回りに回ると、岬の先端にある大瀬灯台の前に出る。  伊豆大瀬埼灯台は1957年に点灯された。  大瀬埼灯台は塔高13m、灯火高さ16m、高度8500カンデラ、光達距離12海里  灯台の右側遥か前方に、2004年2月28日に登った沼津アルプスが見える。  大瀬崎の陸側に神池があり、池畔に鈴木繁伴の館跡がある。  大瀬崎の先端には虫眼鏡を思わせるような形状の大瀬明神の神池がある。  海から池までは最短20m、標高1mで、荒れた日には海水が吹き込むのに、淡水池である。  富士山の伏流説などもあり、未だに、何故、淡水魚が住む淡水池なのか明らかにされていない。  引手力命神社の神域の神池であり、調査や動植物の捕獲などは祟りがあると云われている。  池畔に人が近寄ると、多数の鯉が群がってくる。   池の透明度が低いので、底の観察が難しく、水深すら不明である。
 最後に、現在では大瀬神社と呼ばれている、引手力命神社に参拝する。  大瀬神社の絵馬殿、 海上安全を願う人々が、漁船の進水式に、漁船の縮尺模型を奉納した。  創建は不明であるが、684年の大地震で海底が隆起し琵琶島が出現した。  琵琶島に引手力命を祀ったのが最初と云われている。 現在の社殿は、1939年に再建されたものである。  琵琶島は砂洲の形成により陸繋島となり大瀬崎となった。  大瀬神社は「未来に残したい漁業漁村の歴史文化財産百選に選ばれている。  大瀬崎は富士山と愛鷹山を望む景勝地として、ダイビングのメッカとして知られている。
 大瀬海水浴場の駐車場に戻り、再び、県道17号線を東に向かう。 「西浦江梨」の展望台へ到着、大瀬海水浴場の浜辺が見え、大瀬崎が右に延びている。  大瀬崎の先端に富士山が見える、伊豆半島から見る最後の富士である。  やや霞んで見えるが、富士山を眺める絶景の一つと云える。  伊豆半島を横断して、国道135号を東走し、湯河原海水浴場を過ぎると、右手に「舟付」のバス停がある。  丘の上に今夜の宿のホテル「ラシェネガ」が見えて来た。  ホテルに到着、 「ラ シェネガ」はロサンジェルスのシェネガブールバードから付けられてた。  贅沢な時間を過ごすために、海の見える丘に造られた小さなリゾートホテルである。  部屋の外には、駿河湾が広がっている。 窓を開けて左を見ると、2010年6月11日に訪れた真鶴岬が見える。  右を見ると、伊豆半島が海へと延びている。 海に浮かぶ初島を眺めながら、静かな時を過ごす。

     大瀬崎 地図の中央の矢印が大瀬崎です      <静岡県沼津市西浦江梨にて>
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