朝、ホテルを出て、大阪モノレールの宇野辺駅に向かう。
大阪モノレールの千里中央駅から、北大阪急行南北線の千里中央駅を経て梅田駅に向かう。
北大阪急行南北線を大阪駅で下車、今日の昼食場所の堂島プラザを目指す。
大阪駅の南口に出る。 南側に阪神百貨店が見える。
タクシー乗り場への矢印表示板に従って、南口から中央南口に向かう。
構内地図でタクシー乗り場を確認する。
JR中央口の前を通過 大阪駅西口のタクシー降り場でタクシーを拾う。
堂島プラザビルの北側の道路に到着する、右手が地上23階の堂島アバンザがある。
今日の昼食場所の「銀平はなれ」は堂島プラザビルの地下一階にある。
12階建ての堂島プラザビルはオフィスビルで一階には小売りのやまやがある。
一階には、鯛めしの「銀平はなれ」の他に、タイ式マッサージの看板も見える。
銀平はなれは、和歌山県の漁港でその日に獲れた鮮魚を使用した料理を提供している。
特に名物である鯛めしは、鯛の旨味がお米1粒1粒に凝縮された至福の逸品と宣伝している。
昼食を終え、堂島プラザビルから西に向かうと、四つ橋筋の通りに出る。
四つ橋筋の堂島一丁目交差点に出る。近鉄堂島ビルがある。
堂島一丁目交差点にて、四つ橋筋を南から走ってきたタクシーに乗り込む。
四つ橋筋の北新地交差点を通過、右手に国道2号線が見える。
右折して国道2号の曽根崎通りに入り、新幹線の新大阪駅を目指す。
堂島1丁目交差点
地図の中央の矢印が堂島1丁目交差点です <大阪府大阪市北区堂島2丁目2にて>
大阪駅周辺を、下記の大阪駅周辺のボタンをクリックして22枚のスライド写真でご覧ください。
新幹線で新大阪駅から豊橋まで乗車し、豊橋駅で下車する。
今夜は駅の構内に併設された形の「ホテルアソシア豊橋」に宿泊する。
今晩は、ホテル内にある日本料理「華雲」にて、豊橋工場にて共に働いた同士と会食がある。
「華雲」は素材のもち味をひきだし雅に仕上げた会席料理は美しい豊かな味わいが売りである。
ホテルの窓から、駅前広場を眺める。 毎日通った60年余り前との様変わりに驚く。
右手に、北に向かって駅前大通が延びている。
駅前大通りの右手に建つのは、16階建てのココラフロント サーラタワーである。
駅前大通には、未だ、豊橋鉄道東田本線の市電が走っている。
30年前に、豊橋工場創設で共に苦労をした仲間と談笑して貴重な時間を過ごす。
ホテルの部屋に入り、夜景を眺める。 前に豊橋駅のプラットホームが広がる。
右手に、豊橋駅西口の左手にある、第一ホテルの明かりが見える。
豊橋駅西口から向こうに、県道393号線が延びている。
60数年前に、高校の校門から、豊橋駅西口まで歩いて通った記憶が甦る。
右側を望む、この辺りは海岸まで高い建物が見当たらない。
豊橋は駅の東側は開発が進んだが、西側は余り代わり映えがしていない。
夜が明けると、新幹線のプラットホームの向こうに、白と緑のターミナルプラザのビルが見える。
右手に赤い橋が見える、豊川に架かる豊川橋だろうか。
ホテルのロビーに降りると、二十周年記念の活花が飾ってある。
ホテルの外に出る、ホテルは豊橋駅と一体になっている。
豊橋駅は、通学していた、60数年前の駅と大幅に様変わりしている。
昨晩、ホテルに一泊したのは、豊橋工場の同僚との会食の他に、先祖の墓参りがある。
豊橋駅前の歩道橋を歩き、 駅前大通りを東に望む、この先に、新川交差点がある。
駅前には、豊橋鉄道東田本線の駅前停留所がある。
豊橋から蒲郡まで足を延ばし専覚寺にて、お墓参りを終え、再び、豊橋駅に向かう。
車窓から蒲郡駅前や遠望峰山、豊川流域の三河の山々が見えてきた。
正面の本宮山に最後に登ったのは、10年前の2009年1月4日だった。
豊橋駅に到着、新幹線で東京へ。
豊橋駅前広場
地図の中央の矢印が豊橋駅前広場です <愛知県豊橋市駅前大通1丁目にて>
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