豊川稲荷    2017年1月3日


   愛知県豊川閣の直轄の別院の豊川稲荷の本殿

 豊川稲荷初詣の目的で、地下鉄の赤坂見附駅にて下車、東口から外に出る。  赤坂見附駅は外堀通りに面していて、反対側に、東急プラザ赤坂がある。   外堀通りを北に望むと、東急プラザ赤坂の向こうに紀尾井タワーが見える。  外堀通りを南下すると、交差点の西側に三井住友銀行があり、正面に日枝神社の鳥居がある。  最初に目に付いた鳥居から入ったのは間違いで、大回りして表参道に出る。  山王鳥居を潜って、表参道の山王男坂の石段を登って、石段の上の神門の前から表参道の山王男坂を見下ろす。  昨年は、外堀通りから神門まで参拝待ちの行列が出来ていたので、神門のこの辺りで、遥拝だけで済ました。  今年も、社殿の前では参拝待ちの行列が出来ている。  昨年は申年のため、日枝神社は超満員で社殿には近寄れず。  今年は流石に参拝者が少なく、ゆっくり参拝できた。  外堀通りに面した山王鳥居に到着し、無事初詣を終える。   昨年の消化不良の初詣の不満を、今年、参拝することで解消出来た。
 日枝神社を出て、外堀通りを北に向かう。 山王鳥居の背後に高さ194m、地上44階の山王パークタワーが聳える。   先ほど潜った、日枝神社の鳥居の前を再び通過 外堀通りから田町通りに入り北に歩くと、右手に地下鉄の赤坂見附駅がある。  外堀通りから青山通りへ左折し、更に、一ツ木通りへ左折する。   一ツ木通りから右手に坂を上がると、紀州徳川家の祈願所だった赤坂不動尊があるが、現在再建で閉鎖中でパス。  青山通りに架かる歩道橋の上からを西に望むと、右手前方に、豊川稲荷が見える。  歩道橋の上から青山通りを東に望むと、首都高速4号新宿線が見える。  豊川稲荷東京別院の山門前に到着する。
   豊川稲荷東京別院では、江戸時代、大岡越前守忠相公が日常信仰されていた豊川稲荷のご分霊をお祀りしている。  明治20年に大岡邸から現在地に移転遷座し、 愛知県豊川閣の直轄の別院となった。  豊川稲荷東京別院の本殿に参拝、本尊は豊川ダ枳尼眞天である。  東京別院の参拝は始めてであるが、 往時は、豐川閣妙嚴寺には数年おきに参拝していた。  最後に、豊川稲荷に参拝したのは、15年前の2002年1月5日だった。  豊川稲荷を信仰した人は、今川義元、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康などがいる。  天黒堂には、招福利生大黒天が鎮座している。 大黒天は豊川ダ枳尼眞天の化身である。  霊狐塚は遷座100年を記念して建立された。  その他、境内には、財宝を生む尊天様の融通稲荷や知徳地蔵尊が祀られている。  江戸時代には、庶民の間で商売繁盛、家内安全、福徳開運の神として全国に信仰が広まった。  豊川稲荷を出て、直ぐに左折すると、九郎九が住んでいて、坂名になった九郎九坂がある。

     豊川稲荷 地図の中央の矢印が豊川稲荷です      <東京都港区元赤坂1丁目4にて>
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 江戸平河城城主太田道灌が建立した平賀天満宮

 九郎九坂から外堀通りに出て、弁慶橋へ向かう。 右手に紀尾井タワーが見える。  赤坂見附交差点に到着、横断歩道を渡って紀尾井町通りへ。  弁慶堀に架かる弁慶橋を渡ると、正面に紀尾井タワーが見える。  昨年開業した、東京ガーデンテラスの紀尾井タワーの前の紀尾井町通りを北上し、清水谷公園へ。
 紀尾井町通りの右手の丘に清水公園がある。 公園内に、江戸水道の石枡と木管が展示してある。  1878年に紀尾井坂で内務卿大久保利道が刺殺されたことから、公園内に哀悼碑が立っている。  清水谷公園は北白川宮家の邸があった場所で、明治23年に下賜された。 園内には、茶室「偕香苑」があり、各種催し物に利用されている。  この辺りは、清水が湧き出し、江戸時代から清水谷と呼ばれてきた。 池には湧水が復元されている。  公園の向かい側に、ホテルニューオータニがある。この前宿泊したのは、13年前の2004年6月8日であった。  清水谷坂を東に上って行くと、北からいちょう坂通りが合流する交差点がある。  いちょう坂通りの突き当たりに、紀尾井町ビルがあり、前庭に簑田哲日児の作品「Commencemend and Peace」がある。
 清水谷坂を東に歩き、文芸春秋の前を過ぎると紀尾井町交差点である。  紀尾井町交差点で右折し、城西大学の前で左折して東に進むと左手に平賀天満宮がある。  平賀天満宮は、1478年に、江戸平河城城主太田道灌が、天満宮を建立しましたのが始まりである。  1607年に、 秀忠公に依り、貝塚(現在地)に奉遷されて、地名を本社にちなみ平河町と名付けられた。  平河稲荷神社、百度石、力石、筆塚がある。 茅の輪をくぐり、身も心も清清しく本来の姿で新年の御参拝をして下さいとある。  平賀天満宮は、江戸時代には徳川幕府を始め紀州、尾張両徳川家、井伊家等の祈願所となった。  天満宮から東に向かうと、半蔵門駅通りに出る、左正面に平賀天満宮が見える。  天満宮から半蔵門駅通りに出て左折し、北に進むと新宿通りの麹町一丁目交差点に出る。  麹町一丁目交差点手前左側に、地下鉄の半蔵門駅がある。 錦糸町で乗換えて帰宅する。

   平賀天満宮 地図の中央の矢印が平賀天満宮です      <東京都千代田区平河町1丁目7にて>
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