ホテルにて、露天風呂から日の出を拝み、部屋の窓から白浜の景色を望んでから、
今回の目的である紀州の南部梅林に向う。
例年では、もう散っている頃であるのに、受付の掲示によると、未だ、6から7分咲きと云う。
でも、香雲丘展望台の周りの梅は満開である。
南部梅林は「一目百万、香り十里」と称され、周り一面に白梅が広がっている。
この梅林は、南高梅を収穫するためで、鑑賞には物足りないが、中央の高台に「梅公園」を設け、
紅梅や枝垂れ梅を植えて観光客を呼び寄せている。
梅公園内には、「和歌山県朝日夕陽百景」の掲示塔も立っている。
前回は、この公園で引き返したが、今回は案内に従いAコースを歩いて、裏山を大回りする。
丘の上からは、梅林越しに太平洋が広がり、散策コースとしてはまあまあか。
梅の里に相応しい、医療の神である大国主命を祀った小殿神社に参拝し、
「日本一の景観」と喧伝している南部梅林の散策を終える。
南部梅林
地図の中央赤い「+」印が南部梅林です < 和歌山県日高郡みなべ町晩稲にて>
ホテルの窓からの風景を、
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南部梅林の風景を、
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南部梅林のなんべ町から田辺市に向かい、
日本ナショナルトラスト運動発祥の地と云われている天神崎に寄る。
田辺南部海岸・県立自然公園の天神崎で先ず出迎えてくれたのは野口有情の歌碑。
海岸には岩礁が広がり、猫岩や灯台の立つ丸山、馬の背の岩場、沖に浮かぶエビ島など、
見所が続く。
丸山の周りを一回りして、釣り人やダイビングの練習をする若者の姿を眺める。
駐車場の仏岩の鼻まで戻ると、直立した太い棒状の仏岩、スインクスを思わせる岩塊も目に留まる。
青空ならば、美しいだろう海を想像して、田辺の市街地へ向う。
天神崎
地図の中央赤い「+」印が天神崎です < 和歌山県田辺市天神崎にて>
天神崎の風景を、
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弁慶伝説で知られている、田辺市内にある闘鶏神社へ。
神社鳥居の前には、細長い馬場があり、流鏑馬や競馬の行事が行われていた。
闘鶏神社は熊野本宮大社が川の増水で流失する以前の社殿の形を再現している。
熊野水軍の統率者である熊野別当湛増は、弁慶の父と云われている。
湛増が紅白の鶏を戦わせ、水軍を引き連れて、源氏に味方した故事に基づき、
闘鶏神社と呼ばれた。
中世の傑僧である西塔の武蔵坊弁慶を祀った「弁慶社」の参拝を最後に田辺観光を終え、
今夜の宿のラフォーレ南紀白浜へ。
闘鶏神社
地図の中央赤い「+」印が闘鶏神社です < 和歌山県田辺市湊にて>
闘鶏神社を、
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