出雲風土記の丘     2010年05月31日

 
 古代出雲の中心地であった出雲風土記の丘(左)

 足立美術館の庭を鑑賞した後は、隣接した安来節演芸館へ。  広い館内の中央に、ぽつんと腰掛けた観客を前に安来節や泥鰌救いの踊が披露された。  ここには安来節保存会の本部が置かれて、毎年全国大会も開催されている。
 安来節の後は、出雲風土記の丘へ。  「八雲立つ風土記の丘学習館」で、館員の方に解説してもらい、目玉の「見返りの鹿」の埴輪を鑑賞する。  風土記の丘は、古代出雲の国造りの中心地であった。
 園内には、古代の家屋が再現されていて、子供たちの体験の場も設けられていた。  周辺は、古代出雲の中心地として、出雲国府や国分寺などが建設された。
 岡田山一号墳から出土した大刀から「額田部臣」の銘文が発見された。  丘の上からは、日本海の神話の世界が遠望された。
  出雲風土記の丘の学習館          地図の中央赤い「+」印が学習館の場所です            <島根県松江市大庭町にて>
 出雲風土記の丘を、  下記の「出雲風土記の丘」のボタンをクリックして、28枚の写真でご覧ください。


 大社造りの、最古の建物である国宝の神魂神社(左)

 風土記の丘の後は、全国で現存する大社造りの、最古の建物である国宝の神魂神社に参拝する。  神魂神社は1583年焼失し、毛利輝元により再建された。
 神社の左手には、二間社造りで重文の末社貴布祢稲荷神社本殿がある。  神魂神社から、古事記の「出雲立つ 出雲八重垣 」で良く知られている「八重垣神社」へ。
 八重垣神社はスサノオ命と稲田姫の故事に因んで、古代結婚式発祥の地と称し、婚姻商売に熱心である。  八重垣神社背後にある佐久佐女の森には、縁結びの占いの池として信仰されていて、 小泉八雲も紹介している鏡の池がある。
 出雲古代の遺跡巡りを終えて、清少納言の賞賛している玉造温泉の今夜の宿へ。
神魂神社    地図の中央赤い「+」印が神魂神社の場所です               <島根県松江市大庭町にて>
   神魂神社を、  下記の「神魂神社」のボタンをクリックして、27枚の写真でご覧ください。

    
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