全国的な上天気の予報に足を延して、竹内街道沿いの大阪府の太子町の「万葉の森」へ向かう。
竹内街道は司馬遼太郎が街道を行くで最初に取り上げた、日本最初の公道である。
平日にも拘わらず、駐車場は車で溢れている。
地元の登山者の後を追って、最初に、鹿谷寺跡に建つ十三重石塔や中国の石窟を模したという刻線佛の有る岩屋を
覗いてから、手前の展望台に登り、背後の竹内街道と正面の二上山雌山を望む。
急坂を一気に上ると分岐点があり、左に向かって、、万葉広場先端にある展望台に登り、右手の二上山雌山(474m)へ。
山頂には、大きな日時計がある。
東を望むと、奈良平野が広がっていて、一面、雲海のような霞に覆われて、耳成山が島のようにポッカリと浮かんでいる。
雌山から馬の背経由で二上山雄山(517m)へ。
山頂には、葛木坐二上神社と悲劇の主人公である大津皇子の御陵がある。
自分の子である草壁皇子を擁立しようとした、持統天皇の陰謀説が通説になっている。
下山の途中で、岩屋峠の下にある、中将姫が曼荼羅を織ったと伝えられている岩屋、倒れた千年杉、
高松塚古墳の石塙槨の石材を切り出した石切り場や古代池などの遺跡を眺めながらスタート地点に戻る。
二上山 地図の中央「+」印が山頂の場所です
<大阪府南河内郡太子町大字山田にて>
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